あまねけ!ニュースレター #37

August 30, 2022

こんにちは、あまねです。

感想や興味のあるトピックについて、ぜひコメントしてください。

人間と科学

夏を集めたこと(うみ)

「夏のかけらっていうのは、この向日葵の花びらのことかしら?」

夏はとても儚いもので、どんなにたくさん集めても来年まで持ち越すことはできません。一枚一枚裏返しながら秋の夜風でしっかり乾燥させても、あたたかい海水で洗ってから塩や酢に漬けて瓶詰めにしてもだめです。冬の寒さに弱いのはもちろんですが、何より時間に溶けて消えてしまいますから。

みなさんは、これまでにどんな夏を集めてきましたか? 気にせず歩いていればどこにでも夏が落ちているはずなのに、焦って集めようとすると急に見つからなくなってしまいますよね。夏休みの宿題と一緒で、7月から(6月からでも!)コツコツといろいろな場所で拾っていくのが王道です。

わたしの今年の夏は、いつもよりずっと順調でした。海も、川も、山もわたしのものです!

あの日、東京駅から迱里ヶ崎行きの高速バスに乗ったのは、朝7時ころのことです。バスはいくつかのターミナルを経由しながら、2時間以上かけて最寄り駅のロータリーに到着しました。

仮に特急列車を使っても隣町の駅で降りる必要があるので、その場合はさらに路線バスを使わねばなりません。いずれにせよ、3時間はかかるとみていいでしょう。

きっと、大丈夫だよ / もっと先まで
きっと、大丈夫だよ / もっと先まで

夏の迱里ヶ崎は、空も海も深く青くきらきらに輝いています。丘の上から見えるのは、沖に向かってまっすぐ突き出す大きなスターラーのような防波堤と、そこに次々打ち付けては砕けていく白い波のくりかえしです。

浜辺を滑って湾の中に潜り込んだ海風は、外とは対照的に細やかなきらめきを降らせてはその場をくるくると回っています。今すぐ丘から海に飛び込んだなら、あのサファイアのひとかけらでも手に入れられたでしょうか。今となってはもう分かりません。

海辺の記念館 / 夏のかけら浜 #midjourneyart
海辺の記念館 / 夏のかけら浜 #midjourneyart

次の日。海辺のすぐそばに建つ三角屋根の記念館では、迱里ヶ崎にゆかりのある抒情画家・詩人の作品を集めた小さな展示室を見学することができます。やさしいタッチで描かれた風景や女性の絵(抒情画といいます)や、豊かな自然に触れてそっと選び取られた言葉の数々を眺めていると、目の前に月見草を撫でるやさしい夜風が立ち上ってくるかのようです。

砂浜の奥で埋もれて人を待つカラフルな夏のかけらは、かれのようにこの地に魅せられた詩人たちが見た夢の跡に違いありません。生まれたばかりの夏がこんなにたくさん打ち上げられているなんて、やはり不思議な場所です。わたしたちはその中からフイルムケースに入りそうなぎりぎりを取り上げて、さざ波模様の隙間に溜まった砂を払いました。

わすれないでいてね
わすれないでいてね

迱里ヶ崎から少し南に進むと、砂浜が姿を消して少し険しい磯浜が現れます。その沖合から60mほど先に建っているのが、海中展望館です。陸から続く橋をくねくね進んでいくと、途中で海が四角く切り出された奇妙な地形が目に入りました。エメラルドグリーンのプールの中で、潮の満ち引きに取り残された小さなイワシが慌てる様子もなく左右に泳いでいます。誰かの おはか だったのかもしれません。

さらに橋を先に進むと、海に浮かぶ大きなホールの真ん中に、海底へと降りる螺旋階段が設置されています。この階段で海の中へ沈んでいくというのです。思わず顔を見合わせた私たちは、死にたくなるほど綺麗な景色で有名なロープウェイの噂を思い出しました。

またね、夏 #midjourneyart
またね、夏 #midjourneyart

海中展望館に入る前に撮った記念写真です。螺旋階段を降りる前に、後ろ向きの写真じゃ遺影に使えないねって言ったら、笑われちゃいました。もはや夏は拾い集めるものではなく、作る時代なのかもしれないです。

こうして、わたしたちの数年ぶりの迱里ヶ崎旅行は幕を閉じました。

夏を集めたこと(やま)

続きです。

先ほどの夏(うみ)に引き続き、なんと今年は山にも行きました! 気の合う仲間を集めてバーベキュー場に行くという、いかにも夏っぽい企画です。参加予定者の体調不良による延期や突然の脱退、衝撃の新メンバー加入……などなどを乗り越えて、とうとう無事に当日を迎えることができました。

会場の都幾川四季彩館は、埼玉県のときがわ町にある三波渓谷のせせらぎに包まれた古民家風の日帰り入浴施設です。階段を降りた川のほとりにバーベキュー場が併設されていて、マッチかライター、ガストーチ(炭を直接燃やしたい場合のみ)さえ持っていけば、すぐに手ぶらで炭火バーベキューを楽しむことができます。

夏の終わり際の川は冷たくて、残暑の中でバーベキューを楽しむわたしたちにはよい刺激になりました。澄んだ水の中を5cmほどのヤマメがまっすぐ進んでいきます。上流に向かってサンダルで川底を探りながら歩くたびに、ふくらはぎで渦を巻く流水が跳ねてハーフパンツに小さな染みが広がります。今日はシャツしか着替えがないのに。

すすむ
すすむ

苔むした大きな岩の周りには、黒いハグロトンボが何羽かしゃらしゃらと飛んでいました。そんな大自然のふわふわとした動きを見ていると、急に森の中に一人で取り残されて異世界に迷いこんだ心地がします。魚を追う子供がはしゃぐ声やごうごうと水が落ちる音が遠ざかって、静かに、そして永遠に続く夏を想像しました。

それから、わたしたちは温泉に入ったり砂防ダムを眺めたりして、隅から隅まで夏を集めきったのです。というわけで、こうして夏(やま)も成功裏に終わりました。

海と山、それに川まで制覇したわたしたちは、もはや向かうところ敵なし……と言いたいところですが、実はまだ夏(はなび)が残っています。夏の体験談はいろいろなところで見聞きしますが、やはり手持ち花火や打ち上げ花火でたくさんの夏を集めているようで、完全に出遅れてしまいました。花火は夏と同じ寿命なので、冬を越すことはできないのです。

9月に入ると、ぐっと夏は減ってしまいます。それでも、花火を灯して夜闇を照らせばまだまだ拾い集めることができるでしょう。わたしたちは今こそ、美しい火をその手に取って立ち上がらねばならないのです!

よければ、あなたの夏についてもコメントまたは@amane:matrix.amane.moeから教えてください。すてきな写真でお返しします。Twitter社があなたの夏を特殊なアルゴリズムでスキャンすることを許容するのなら、もちろんTwitter DMでもかまいません。

きみとロボットのこと

先日、日本科学未来館の特別展「きみとロボット」に行きました。ロボットの歴史や関連する映像作品、実際のロボット展示に触れつつ、人間との関係や人間そのものの在り方に踏み込んだ壮大な企画です。2022年3月から開催されていたもので、8月いっぱいで終了するという噂を聞いて滑り込みでの観覧になってしまいました(ちょうど、このニュースレター発行の翌日8/31が最終日です)。

展示はZone1「ロボットって、なんだ?」から始まり、Zone2「きみって、なんだ? にんげんって、なんだ?」ではわたしたちの「からだ」「こころ」「いのち」とロボットのそれらを比較、あるいは組み合わせることで関係を探るという流れになっています。まとめとなるZone3「きみとロボットの未来って、なんだ?」では、それらを踏まえて人間とロボットが迎える未来の可能性を提示するというわけです。

「からだ」のパートでは、人間のような自立型二足歩行ロボットの展示や、装着した人間の新たな腕や脚として動くデバイスの展示を通して、人間との共生関係を示していきます。人間にしっぽのバランス感覚を与えるArqueは、デザインが細く美しく洗練されたらおしゃれなアクセサリーの定番になるかもしれませんね。

Arque: Artificial Biomimicry-Inspired Tail for Extending Innate Body Functions
Arque: Artificial Biomimicry-Inspired Tail for Extending Innate Body Functions

このパートではさらに、腕や脚だけではなく、身体に装着したり埋め込むことで新たな(あるいは障害で失った)感覚を生み出すデバイスや、スムーズな遠隔操作で人間の意識を拡張するようなロボットの紹介が続きます。

Ontennaのこれから
Ontennaのこれから

途中で、Limits of Humanityという展のために制作された映像が流れていて、頭に気圧計を埋め込んで変化を感じられるようにした人や、指に磁石を埋め込んで電磁気を感じられるようにした人のドキュメンタリーにとても興味を惹かれました(映像は今のところ公開されていないようです)。

「こころ」のパートでは、かわいらしい見た目をしていたり、言葉を発さずコミカルな動きで反応したり、逆におしゃべりでのコミュニケーションに特化したロボットの紹介が続きます。ここは実際に動くロボットを展示しているものが多いので、わかりやすく楽しめるコーナーでした。

PoKeBo Jr.
PoKeBo Jr.

TOUFU(imitation)
TOUFU(imitation)

「いのち」のパートでは、AI美空ひばりの映像や、レオナルド・ダ・ビンチ、夏目漱石のアンドロイドの展示を見ることができます。このように過去の人物が蘇り、企画の一つとして展示されているのと同じように、わたしたちが死後に人格や容姿を復活させられる現象をD.E.A.D.(死後デジタル労働)と呼ぶようです。

D.E.A.D. Digital Employment After Death
D.E.A.D. Digital Employment After Death

あなたは死後、AIやCG技術での「復活」を許可しますか? それとも許可しませんか?

死後デジタル 労働 というと大げさかもしれませんが、わたしたちが生前に親しかった人と墓前で話すためだけに復活させられるとは限りません。AI美空ひばりはまさにステージに立つために復活させられたわけですし、TEZUKA2020では手塚治虫の作風・絵のタッチが後世の技術で再び引きずり出されています。

ごく最近、特定の絵柄を再現してアイコンを生成するサービスがたくさんの不快感・忌避感を集めていますね。生きている間に勝手に絵柄を模倣されるのと、死後にファンのために絵を描き続けるAIとして生まれ変わるのでは、どちらが まし なのでしょうか? わたしは、どちらもそんなに悪くないなと思っています。

アマネイメージズ

今回はありません。


© 2022 Amane Katagiri, Built with Gatsby